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2010年10月アーカイブ

10/28

中央の法学部は一文一文正誤判定問題で差がつく!

中央大の定番問題として一文一文正誤判定問題があります。

2010年2月の問題で例をあげれば「幕府は禁中並公家諸法度

などで天皇及び公家を統制しようとした」に関連して説明した

a・b・c文を正しいものはイ、誤っているものはロをマークしなさい。

 

 a 公家の服制や席次についても幕府は干渉した。

b 高家から選ばれる武家伝奏は朝廷に幕府の指示を伝える役であった。

c 紫衣事件は後水尾天皇に明正天皇への譲位を決意させたとされる。

 

このような形式の問題で毎年のように質問がくるのはabcすべて正解

でなければ得点がもらえないのですか?

というものです。

 

事実はabcの文を3つとも正確に正誤判定できなければ得点と

なりません。この形式の問題がたくさん出題されます。

 

また、2010年には以下のような形式の正誤判定問題が出ました。

これも受験生にとっては苦手としている形式です。

 

足利義満が明に使者を派遣したことを受け,日本と明との間に国交が開かれた。

この経緯について説明する次の文のうち,正しい文を1つ選び,その記号をマークしなさい。

なお,すべての文が誤っている場合は,該当なしのfをマークしなさい。

 

a 将軍職を辞し,太政大臣の地位からも退いていた足利義満は,

明から「日本国王」であると認められ,国交樹立後は,明への国書に「日本国王臣源」と署名した。

b 将軍職を辞し,太政大臣の地位からも退いていた足利義満は,明から「日本国大君」であると

認められ,国交樹立後は,明への国書に「日本国王源」と署名した。

c 将軍職にあった足利義満は,明から「日本国王」であると認められ,国交樹立後は,明への国

書に「日本国准三后道義」と署名した。

d 将軍職を辞し,太政大臣となっていた足利義満は,明から「日本国大君」であると認められ,

国交樹立後は,明への国書に「日本国王臣源」と署名した。

e 将軍職を辞し,太政大臣となっていた足利義満は,明から「日本国王」であると認められ,国

交樹立後は,明への国書に「日本国王源」と署名した。

f 該当なし

 

このような形式の問題に対策としては、よりたくさんの過去問

にあたり、復習段階で教科書の読み込みを深めていく方法が

ベストです。また、山川の教科書を引用している文が多々

見られますのでそれを確認・実感することで効率的な対策が

すすめることができます

 

ここでも過去問研究の大切さがわかると思います。

 

次回は早稲田の正誤判定問題についてお話しましょう。
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10/22

中央大の法学部と立教大は論述問題が出る!(短文)

中央の法学部(法律)では2010年2月の本試験では

100字の論述問題(後期倭寇とポルトガルの対日貿易

進出との関係)がはじめて出題されました。

吉田は法学部(国際企業関係法)の日程ではすでに論述

問題が出題されはじめていたので、法律日程でも出題される

だろうと予想をし、中央の法志望の受験生には注意を促して

いました。

試験後、「予想通り論述問題が出たので試験本番ではあわてずに

取り組めました」との声が寄せられたのはうれしかったですね。

この傾向はおそらく2011年もつづくと考えられます。

実際に受験する層を考える(早慶や国立二次で論述があり

対策している受験生が併願しています)とある程度の対策が

必要でしょう。

 

立教大学でも2008年から短文論述問題が久しぶりに復活

しました(字数は40字程度)。

2009年では多くの学部日程で出題(25字~40字)され

ています。2010年では少なくなりましたがこの三年間で

短文論述の問題がたまってきましたのでこれらの問題を解く

(過去問研究!)だけでも傾向をつかむ(相手を知る!!)

ことができます。立教大を第一志望とする人ならばチャレンジ

してほしいところです。

 

次回は中央の法学部特有の正文・誤文判定問題について

お話します。
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10/20

山川出版の教科書引用(同志社・早稲田の日本史)

同志社や早稲田の日本史では明らかに山川出版の教科書

からの引用と思われる問題が多々見られます。

今日はその一例を紹介しましょう。

 

その他の大学でも頻出事項としてロシアの接近

があります。まずは年表形式でまとめるのがよいでしょう。

 

1792年 ラクスマン根室来航

1804年 レザノフ長崎来航

1811年 ゴローニン事件

13年  (高田屋嘉兵衛との交換で解決)

のように。

 

さて、ここで特集したいのがラクスマンが届けた

漂流民大黒屋光太夫です。

これについて説明している山川の教科書P206

の脚注①は同志社・早稲田など難関私大で頻出します。

 

一般的には大黒屋光太夫、又は漂流記の「北槎聞略」

を問うてくるのですが、2007年の同志社では

(   )の船頭であった大黒屋光太夫として

(   )を記述させ、

ロシアの女帝エカチェリーナを三択で出題、

漂流記「北槎聞略」を記述させるのではなく

著者の桂川甫周を記述させました。

桂川甫周は早稲田でも出ます!

 

たかだか、教科書の脚注ひとつから3問出題(配点上では8点)

されているのです。

 

それでは、脚注すべてに目を通さなければいけないのでしょうか?

吉田はそのようなローラー式の勉強は否定派です。

実は早稲田でも、同志社でも過去問研究をすれば教科書の脚注

の中でも繰り返し出題されるところが見えてくるのです

ここでも過去問研究が一番有効であることがわかるでしょう。

このことを実感してほしいと思います。

 

次回は中央大学の法学部や立教大学についてお話します。
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10/19

早稲田の日本史(山東出兵と田中義一内閣)

田中義一内閣は三度わたって山東出兵

を行ないました。

前回の⇒のイメージは以下の通りになります。

 

1927年一次山東出兵⇒東方会議

1928年二次山東出兵⇒済南事件

1928年三次山東出兵⇒張作霖爆殺事件

 

東方会議では実力でもって満州の特殊権益

を守る決定がなされました。

これが満州事変へとつながっていくのです。

流れ(つながり)重視でいきましょう!

 

なお、田中義一内閣の強硬(積極)外交の

イメージが強いためによく間違えるところ

があります。

それが1927年ジュネーブ軍縮会議への参加

と1928年不戦条約(パリ)の締結です。

ともに田中義一内閣期なのですが正文・誤文判定

では「強硬外交の田中だから軍縮・不戦なんて参加

するはずはない」という誤った判断をしてしまいがちです。

 

田中義一内閣といえども欧米に対しては協調外交です!

早稲田特有の正誤判定問題に引っかからないように

しましょう。

 

明日は早稲田・同志社の問題をとりあげます。
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10/19

早稲田の日本史(山東出兵について)

満州事変勃発(1931918日柳条湖事件)

日中全面戦争(193777日盧溝橋事件)

については最終的には周辺・関連事項も含めて

おさえる受験生は多いのですが、

 

山東出兵(1927年~28年・三回出兵)

に関しては、これが田中義一内閣の時に行なわれた

という認識くらいで止まっている人が多いですね

背景には蔣介石が率いる国民革命軍(中国国民党)

の北伐があったのはともかくとして

年代さえ、あやふやなため山東出兵を組み入れた

センター形式の古い順の並び替え問題も失点する

受験生が多いので盲点となっています。

 

1927年一次山東出兵⇒

1928年二次山東出兵⇒

1928年三次山東出兵⇒

 

それぞれの⇒に重要事項が見えてくる(時代順に!!)

押さえかたをしていますか?

いくらたくさん知識を増やしても流れ・つながり(重要年代)

がなければ合格点は取れないようになっています。

この事実を理解してほしいところです。

 

解答もふくめ、周辺関連事項を今晩にでもお話できれば

と考えています。

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10/18

早稲田の日本史(日中関係)

早稲田の日本史(日中関係)

 

もともと早稲田では近現代の日中関係史は頻出分野

ですが、昨今の状況をみれば来年はさらに要注意です。

 

超超頻出分野として対策を立てておきましょう。

近年でも、同一年度の試験で何と!!3学部で柳条湖事件

を記述させているくらいですから

とくに満州事件関連は周辺・関連事項も含めて

くわしくなっておきたい分野です。

 

それゆえ、過去問研究が大切になってきます。

過去問研究から中村大尉事件や万宝山事件が

満州事変勃発の背景として早稲田では狙われる

、そしてダミーで平頂山事件が組み込まれると

分析できる人になってください

 

難関私大志望者で山川の用語集を意味なく暗記に走る人が

いますがもっとも愚かな学習法です。

過去問研究すれば、早稲田にとって重要な事項

が見えてくる。だから、山川の用語集で教科書掲載頻度数

が低くても押さえておこう!

というセンスが一番大切なのです。

 

明日も早稲田の日本史について語ります。
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10/13

同志社・立命館の日本史は史料問題で差がつくⅠ(後編)

現役生を中心に史料問題の対策が遅れている人が

多くいます。

対策が遅れている最大の理由は、過去問研究が

すすんでいないことにあると考えています。

本気(心から)で同志社・立命をめざしている受験生

なら少し過去問研究すれば実感(実感することを吉田は

最も重視します)できるはずです。

 

実感できれば、対策に前向きになるはずですから。

これを一番わかってほしいところです。

とくに同志社の史料問題は2009年までは

ごく標準的な問題でしたが20102月の問題は

一般の受験生には「難しい」と感じるものが多く

見られました。

 

一例をあげれば「東は(   )を征すること五十五国、

西は(   )を服すること六十六国」

(「倭王武の宋への上表文」)の(   )に自力(記述)

で解答させるものです。

従来の同志社ならば選択肢から選ぶ形式が多く

何とか答えられる人が多かったと思われます。

自力(記述)で答える問題となると苦戦する人が

すごく多かったですね。

 

なお、立命館ではこのような問われ方は一般的です

のでそういう意味では史料問題が難しい立命館レベルに

同志社が近づいたと言えるでしょう。

 

さて、20112月はどうなるか(もとの標準的な問題

にもどる可能性もあります)同志社に関しては

興味をもっています。
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10/12

同志社・立命館の日本史は史料問題で差がつくⅠ

日本史の受験勉強を一問一答式の暗記のみで

やりすごそうとしている人

(とくに受験にうとい現役生)

がいます。

 

一問一答式の暗記では点数は伸びません。

大学によってはそれで何とかなる大学も少しは

ありますが、センター試験の問題形式が浸透した

(正文・誤文判定や古い順に並びかえる問題)

過去問研究すれば、このことが

簡単に自分で実感することができるのですが。

いまだに知らない人がいます。

早く気がついてほしいところです。

 

さて、本題は今晩にでもお話します。
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10/11

慶応の経済対策:近現代では中国大陸(地図)に注意!!

みなさん、元気にしてますか?

8月11日以来のブログとなります。

小生、人生で初めて夏風邪を二度も引いてしまい

その中で夏期講習・某予備校の早大模試や慶応模試の原案執筆

が重なり数日前まで全く余裕のない日々をすごしていました。

 

やはり健康が一番です。やっと体調も戻り、後回しにしていた

慶応模試の問題一応仕上がったのでブログを再開します。

これから、来年のセンター本試験・難関大の受験本番までは

どんどん傾向と対策をアップしていきますので

参考にしてもらえれば幸いです。

 

さて、2ヶ月前は次回は慶応の傾向についてとの案内を

していましたから、今回は慶応の経済学部の問題傾向に

ついてお話しましょう。

 

慶応の経済の日本史は出題範囲が近世・近代・現代に限定

されていますから論述問題があるとは言えしっかり出題傾向

に沿った対策をすすめていれば高得点が可能です。

 

とくに経済学部という学部特性から経済史分野は徹底的に

やっておきましょう。また、現代の諸問題を示唆するかの

ような問題もよく見られます。

 

そういう意味では尖閣諸島問題から近代・現代の日中関係史

超要注意です。

慶応の出題形式からすると中国大陸の地図問題

がとても気になります。

 

旅順・大連(遼東半島)・奉天・威海衛・青島(山東半島)・北京・済南

・西安・上海・南京・重慶などは地図上で明確に指摘できるように

しておきましょう。

明日(早ければ今晩)は同志社と立命館についてお話します。
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